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2018/11/24(土)、茨城県常陸太田市(里美地区)の合資会社 井坂酒造店にて創業200周年記念式典が開催されました!

 

井坂酒造店の歴史

井坂酒造店は江戸末期の文政元年(1818年)に、井坂家の3代目「仁兵衛(にへい)」氏により酒造りがはじまりました。

当時の里美地区(旧里美村)は人口が増えてきたこともあり、農林業が栄え、働く人が増えてきました。

しかし人口増加とともに、仕事や生活の中でいざこざも増えていったそうです。

それをみていた3代目・仁兵衛氏は、「何か、人間関係がうまくいくことはないか」と考えていました。

1806年に「勝手造り令」として酒造りの制度改革が起こり、そこに里美の美味しい水・良質な米と恵まれた環境を誇りに思っていた仁兵衛氏は、

「”飲んでうまい酒”をもって和やかな人間関係をつくりたい」

と、酒造りを始めることとなります。

井坂家に受け継がれている「和」の精神は、今もなお地域の方々と共に息づいています。

その後、戦争が始まり醸造できなかった時代などの紆余曲折を経て、現在は井坂家11代目である井坂勝安社長が代表を務めています。

 

井坂酒造店の代表銘柄は、

清酒は「日乃出鶴HINODE-TSURU)」

焼酎は「亀の寿KAMENO-TOSHI)」。

 

 

「日乃出鶴(ひのでつる)」の名前の由来は、酒造り初代である3代目・仁兵衛氏が「日の昇る東の地方で酒造業を覚えた」と言われてることから名付けられたそうです。

 

創業200周年記念酒と祝枡☆

 

 

蔵元との共同参画をさせていただきました!

私が200周年記念式典開催のお話を伺ったのは約半年前。

蔵元より「大規模なイベントではなく、里美地区の方々への御礼と感謝でおもてなしをしたい」とお話があり、小さくても地域の方々の琴線に触れるイベントにしたいと私にできることはなにかを少しずつ模索しておりました。

井坂酒造店の蔵の中でイベントを開催するのは史上初。

私が持つ井坂酒造店のイメージは、「伝統的な蔵建築」「渋い」「和風・古典」

蔵の持つ特徴を最大限活かしたい。

そんな折、私のライフワークの中で、今年、津軽三味線上級者男性の部で世界一に輝いた日立市の高橋拓美さんを拓美さんの叔父様よりご紹介いただき、8月に蔵で初顔合わせ。

8月の試し弾きの時、どの場所が一番良い音色がでるかをチェック。

井坂家のご親戚のちびっこさんたち可愛い・・・♡

蔵の2階(仕込みタンクへ投入する前に蒸米を放冷する場所)での音色が鳥肌立つほど最高だったため、ここを演奏場所に決定。

当日は、

1曲目「秋田荷方節」、2曲目「津軽よされ節」をスタートに静まる会場で客席の皆さんが真剣に演奏を聞く中、

3曲目「東京音頭」と4曲目「花笠音頭」で拓美さんの三味線に乗せて会場はノリノリ大合唱。

5曲目は三味線の紀元でもある沖縄・三線(さんしん)の「沖縄民謡」。

そして6曲目のフィナーレは、今年5月に津軽三味線世界一に輝いた時に演奏した「津軽じょんがら節曲弾き」

フィナーレの「津軽じょんがら節曲弾き」は、三味線の演奏を初めて聞いた私にでもわかるほどの三味線の複雑な音色と、その巧みな手さばきによる弦の抑揚からイメージできるじょんがらのストーリー・・・圧巻でした。恐れ入りましたm(_ _)m

演奏が終わった後、拓美さんが言葉を発するまで会場の皆さんからの拍手がしばらく鳴り止まず、非常に心打たれました(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

 

蔵元と拓美さんを引き合わせて本当に良かった!!!と、参画冥利についた瞬間でした。
高橋拓美さんの詳細や、裏話は別ブログにてご紹介します!)

このほか、式典の事前準備と当日スタッフには、5月に都内からSAKE TAXI に参加してくれた漆喰アーティストの小林奈生ちゃんがフライヤーをつくってくれ、印刷屋さんに勤める横山薫ちゃんがそれを印刷、某有名アーティスト映像制作をしている守崎梢子ちゃんが、当日お手伝いをかってでてくれました!

私の会社の取引先の保険会社さんには式の前日に蔵へ行って万が一の時の対応説明してくださったり。

本当にたくさんの皆さんにご協力をいただき、「和」を大切にしてきた井坂酒造店さんらしい、穏やかで和やかな式典になりました。

私は「高橋拓美さんのご紹介」と「SAKE TAXI プレゼンテーションで勝安社長にドッキリをしかける」の2つの任務のはずだったのですが、まさかの『鏡開き』にご指名あずかり、逆サプライズなプレゼント!

井坂酒造店さんと出会ってまだ1年と2ヶ月の私に、200周年という記念すべき式典でこんな大役を経験させていただけるとは・・・感無量。

一生の思い出になりました( ;∀;)。

 

式典のスケジュールと催し

高橋拓美さんによる津軽三味線演奏のほか、式典を盛り上げる様々な催しが行われました。

・万丈童子(BANJO-DOHJI)によるカントリーミュージック

・おかめひょっとこ踊り/ 投げ餅

・常陸太田市「旬菜処 晴れる家」菅宮さんによるブリのお刺身、ブリしゃぶ、サンマの煮付け

そのほか、
・常陸太田市「DANRAN SHUKA なごみ家」さんの常陸太田市名物『太田ザンギ』
・近所のお母様方によるお赤飯、豚汁、おつまみのお料理とBBQ
・創業200周年記念酒「日乃出鶴 美山錦 純米吟醸」のお披露目
・SAKE TAXI / SAKE MEGURI 事業概要プレゼンテーション

(この後、ドッキリがあるとは知らない勝安社長!笑)

小林奈生ちゃん作成のフライヤー☆

 

里美地区に息づく魂を垣間見た瞬間

常陸太田市は9つの町や村が合併されましたが、その中でも人口減少が激しい里美地区。

昔より自然に恵まれたこの環境では、第一次産業で生計を立てていたご家庭が多く存在していました。日本経済が冷え切った今、当然のことのように若年層は一度田舎を出れば収入の多い都心部で暮らし、地元へ戻ってくる人は皆無と言ってもよいでしょう。

今回、式典に参加されたのは、日本経済全盛期に里美村を支えてきた長老の皆さん。

式典がなければ出会うこともなかった里美のおじさま(おじいさま)の方々の特徴を垣間見ました。

私が三味線の歌詞を見せる立ちを考えていたら「俺が持ってやっから〜!」と2名登場。ブリをさばいていた菅宮さんにブリの切り方をかってでるおじさん「こうやって捌くんだぞ〜」。井坂専務の義兄さんがBBQをしていたら「俺がやってやっから〜!」と慣れた手つきのおじさま数名がブリカマを片手に(!?)BBQコンロを占領!笑

一度やるときめたら最後まで責任もってやる、そしてお酒は飲み放題にも関わらず泥酔せず綺麗に去ってゆく、凛とした粋なおじさまたち、それが里美の方々のマインドなんだと、かっこいいなと。

若い女性にもデレデレしないし・・・・ね!

 

 

茨城県北地域、まだまだ面白い場所・人々が眠っております。

 

今回の式典を通して、里美地区の皆さんと面白い仕掛けをつくっていきますよー!

 

 

*おまけ*
チームSAKE MEGURIからは、メッセージアルバムのプレゼント♡