BLOG

茨城県北の酒蔵をめぐる旅の企画「SAKE MEGURI」では、酒蔵と酒蔵を点で結ぶだけではなく、それぞれの酒蔵が代々受け継がれてきた伝統や蔵創立の歴史的背景を通して、県北地域のルーツを学ぶ旅の提供ができたらと考えている私の前回ブログにつづく後編!

 

地元のルーツがたくさん詰まっている西金砂神社と歴史民俗伝承館

西金砂そばの郷 そば工房 (にしかなさそばのさと そばこうぼう)でお腹いっぱいになった後は、西金砂エリアを巡ることに。

お酒と切っても切れない縁なのが「神社」。

このエリアには西金砂の山頂に西金砂神社が存在します。乗用車一台分しか通れない細い道(舗装されてて綺麗です)をひたすらウネウネと頂上まで登っていきます。

前編ブログの「そば工房」さんから車で25分弱。

結構な距離と標高なのに、なんと自転車でいらしたツワモノが!

しかもこちらの方、ここから先、神社の上の急な道のりも歩いて行ったようです・・・。

神社の社殿はそれほど大きくないですが、とても静かで厳かな雰囲気。

大田楽の際の、お神輿も奉納されています。

ここ金砂郷エリアの歴史を学ぶ施設として、西金砂神社の鳥居の斜め前歩いて10秒ほどのところに歴史民俗伝承館があります。

 

金砂大田楽とは? | 72年に一度の磯出大祭礼

歴史民俗伝承館の入館料は無料。

入館する方は任意で記帳。(私も記念に記帳しました!)

まず、「田楽(でんがく)」ってなにー?ってところですが、「田楽」とは、稲作にまつわる祭りで、年頭の田遊びや田植えのはやし歌が民俗芸能として伝わったものといわれています。

稲作は気候の影響を強く受けるので、古代の人々はイネは神の力で作られると考えていたそうです。そのため、田植えの始まる時期は豊作を祈る神事(田植え祭り)、秋には水田を守る神への感謝の祭りが行われました。この田植え祭りで起きた芸能田楽(田植え祭りの舞楽)は、やがて猿楽、能、猿楽能、芝居能となり、その後、歌舞伎へと発展します。

歴史民俗伝承館の1階では、金砂大田楽についてとても詳しく学べます。

「金砂大田楽(KANASA DAIDENGAKU)」とは、西金砂神社(旧金砂郷町)と東金砂神社(旧水府村)が催す大祭礼のことですが、その歴史は古く、平安時代初期の仁寿元年(851年)に第1回目が催されて以来、72年ごとの未の年に行わています。

直近で開催されたのは第17回目で(まだ17回!)、今から15年前の2003年(平成15年)3月に開催されました。

次回は2075年。今から57年後だから私の年齢は・・・・・・(ボソッ・・・数えたくない泣)。

この金砂大田楽は、天下泰平、五穀豊穣、万民法楽を祈念して行われるもので、古代・中世・近世の装束を着たそれぞれ数百人からなる二つの渡御行列が両神社を出発し、日立市にある水木浜(浜へ行くので磯出という)を折り返し地点とする地域をそれぞれ1週間かけて往復します。

この山の標高、すごいですよね・・・。

前回は、西金砂神社は322日から328日まで、東金砂神社は325日から331日までかかり、行事に参加する水木浜渡御の行列は約530名。全体の人出は約100万人だったそうです。

往復約75km。片道で換算すると車では1時間のところ、歩いたら7時間弱かかります。

昔は、道の途中でそれぞれアポなしで民家にお泊まりさせてもらっていたようです。(寛容!笑)

この往復途上の数カ所で、国選択無形文化財である田楽舞が催され、水木浜では伝統的な神事が行われます。

水木浜へ出向くのは、金砂山に鎮座する神がその昔、アワビの船に乗って水木の浜に現れたという伝説があります。

そして、水木浜から来た神が、県北地域の酒蔵とは切っても切れない縁へと繋がっていきます。

(この話はまた別の機会に。)

6年ごと(11月)に小祭礼も行われているので、興味のある方は常陸太田市観光物産協会のHPを要チェック!

歴史民俗伝承館の2階には、そろばん、百万べん数珠、銅製の鏡、鎌倉の大仏が履いている(に納めているらしい)藁草履等の現物と、県指定建造物の写真が展示されています。

それにしても、ここの施設に訪問している方が少なくて勿体無い!

SAKE MEGURI サケメグリ の訪問場所として入れるかどうかは検討中。

インバウンド長期滞在者向けかな_φ( ̄ー ̄ )

蔵元さんと一緒だと、新しい発見がたくさんあってとても勉強になります。

茨城県北地域の歴史あるスポット、掘り下げればまだまだ出て来そうです。
(時間が足りないよー!!!)